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東京地方裁判所 平成8年(ワ)14710号 判決 2000年3月31日

原告

宮澤溥明

右訴訟代理人弁護士

木村久也

被告

社団法人日本音楽著作権協会

右代表者理事

小野清子

右訴訟代理人弁護士

新井旦幸

右同

小口隆夫

右同

鰍澤健三

主文

一  被告は、原告に対し、五三九三万〇六八五円及びこれに対する平成一〇年一一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は、原告に対し、金五三九三万〇六八五円及びこれに対する平成一〇年一一月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、被告の常任監事であった原告が、被告から、監事に就任する際に定款とは異なる任期の合意をしていたこと、被告会長により常勤の委嘱が解かれたこと又は本件訴訟係属中に監事を解任されたことを根拠に、平成八年四月一日から平成九年二月一九日までの間の非常勤監事としての報酬及び退職金しか受け取ることができなかったため、主位的に、監事の任期を平成八年三月三一日までとする合意はなかったこと、被告会長の行った常勤監事の委嘱を解いて非常勤監事とした処分は無効であることを理由として、平成八年四月一日以降任期満了の日と主張する平成一〇年一一月三日までの期間の常勤監事としての報酬及び賞与等の支払を、予備的に、被告会長により原告の常勤の委嘱が解かれたことによって損害を被ったことを理由として、平成八年四月一日以降平成一〇年一一月三日までの常勤監事の報酬等に相当する損害賠償の支払を、それぞれに対する任期満了日の翌日と主張する平成一〇年一一月四日から支払済みまでの遅延損害金の支払とともに求める事案である。

二  前提事実(争いのない事実及び掲記の証拠と弁論の全趣旨より容易に認められる事実)

1  当事者

(一) 原告は、昭和三三年、被告に従業員として雇用され、平成六年四月二〇日には、臼井泉常勤監事の辞任に伴って、臼井常勤監事の任期の残存期間である平成七年一一月七日まで、被告の常勤監事に就任した(甲第一号証)。

(二) 被告は、昭和一四年、「著作権ニ関スル仲介業務ニ関スル法律」に基づいて設立された音楽著作権についての仲介業務をする社団法人である。

被告は、我が国のほぼ全ての作詞、作曲家の著作権を独占的に管理しているだけでなく、海外の演奏家団体、録音権団体とも著作権管理契約を結び、事実上我が国において国内外の音楽著作物について管理を行っている唯一の法人であり、現在年間九〇〇億円を超える巨額の著作権使用料の徴収、分配の実績がある(甲第七号証、乙第二二号証)。

2  原告は、平成七年一一月八日、被告の常勤監事に再任された。

3  被告理事長加戸守行(当時。以下同じ。なお同人を以下「加戸」という。)は、平成八年一月二九日から同年二月二日にかけて原告に対し、辞表の提出を求めたが、原告はこれを拒否した。

4  被告会長遠藤実(以下「遠藤」という。)は、同月二一日、原告に対し、同年三月三一日をもって常勤職の委嘱を解く旨の通知をした。

5  平成七年ないし平成八年当時適用された被告の定款には、次の定めがある。

「一四条 本会に次の役員を置く。

(中略)

三  監事三人(うち常勤監事一人)」

「一五条 (中略)

6 監事のうち二人は、別に定める規程に従い、評議員会において、正会員のうちから選任し、一人は、学識経験を有する者又は本会の職員のうちから評議員会の承認を得て、会長が委嘱する。

7 常勤監事は、会長が委嘱する。」

「一六条 役員の任期は、三年とする。ただし、重任を妨げない。

2 役員は、任期満了後においても、後任者が就任するまでは、引続きその職務を行う。」

「一八条 理事会は、役員が職務の執行の任に堪えないと認めるとき、又は役員に職務上の義務違反その他役員たるに適しない行為があるときは、評議員会の承認を得て、解任することができる。」

三  主要な争点

1  原告と被告の間で原告の監事及び常勤監事の任期を平成八年三月三一日までとする旨の合意がされたか。

2  監事及び常勤監事の任期を三年以下とする合意は、被告の定款に反して無効となるか。

3  被告会長は、常勤監事の委嘱を解き、非常勤監事とすることができるか。

4  3が肯定されたときには、原告は被告に対し損害賠償請求ができるか。

5  被告が、本件係属後、原告を定款一八条により解任したこと(予備的解任)が有効か。

四  争点に関する当事者の主張

1  争点1(原告と被告の間で原告の監事及び常勤監事の任期を平成八年三月三一日までとする旨の合意がされたか)について

(一) 被告の主張

(1) 原告と被告の間で任期に関する合意が成立していることは録音テープの反訳書から明らかである。被告会長遠藤が原告に対し任期は平成八年三月三一日までであることを伝え、これに対して原告が謝意を表明するなどして被告会長の内示を快諾していること自体は疑う余地がない。

(2) 被告の就業規則及び組合との協定書によれば、被告職員の定年は満六〇歳に達した日の属する月末であり、役職にある者の定年は、満五七歳に達した日の属する年度末と規定している。原告は、平成七年一一月八日の時点で、役職にある者の定年だけでなく職員の定年の年齢までも超えていたため、本来ならばその再任を見合わせるべきであったが、後任の監事を職員から選任するには、職員の異動期である平成八年三月末日に合わせるのが人事管理上便宜であったため、原告を平成八年三月三一日までの期限付で再任した。

(3) 文化庁長官に対する「監事の委嘱について」及び「常勤監事の委嘱について」と題する協議文書に、「宮澤溥明(平成8年3月末日まで)」との記載がある。

(4) 被告は、平成七年一一月通常理事会において、原告の監事の任期を平成八年三月三一日までとした上で、理事会の了承を得ている。

(5) 被告は、原告を、平成八年四月一日以降、非常勤監事として扱っているわけではなく、被告の定款一六条二項により、暫定的に原告に職務を行わせているにすぎない。

(6) 被告が原告に辞表の提出を求めたのは、被告の事務処理上の都合によるものであった。すなわち、理事が退任した場合には、退任登記をする必要があるため、その疎明資料として辞表を提出してもらっており(なお、原告と同様の任期の合意をした押田良信(以下「押田」という。)は辞表を提出した。)、押田と同時期に退任することになっていた原告に対しても一緒に辞表の提出を求めたものである。

(7) 監事の就任承諾書に任期が記載されていないのは、被告の取扱上の慣例にすぎない(なお、乙第八号証及び乙第九号証にも任期の記載はない。)。

(8) 原告の常勤職の委嘱を解くことについて報告された平成八年二月の臨時理事会においても、原告は、任期の合意の不存在について主張していない。

(二) 原告の反論

(1) 原告が平成八年三月三一日限りで監事としての地位を失ったのであれば、被告があえて「常勤の解嘱」という手続をとる必要はなかったはずである。しかし、平成八年二月の臨時理事会において、加戸は、「解任については理事会で決定し評議員会の承認を得る必要があります。従ってこの際は、常勤職を解く解嘱ということで処理したいと思います。」と説明している。

(2) 原告と被告の間に原告の任期についての合意があるならば、被告は辞表の提出を求める必要はないはずである(原告は、前回の任期満了のときには辞表の提出を求められなかった。)。それにもかかわらず、原告は執拗に辞表の提出を求められた。

(3) 平成七年一一月八日に行われた被告役員選任の一連の手続、すなわち、被告評議員会での監事への選任承認決議、評議員会における遠藤から原告に対する被告監事への委嘱、被告理事会での遠藤から原告に対する常勤監事への委嘱、被告評議員会における原告が被告常勤監事に委嘱された旨の報告のいずれにおいても、遠藤は、原告の任期が平成八年三月末日までであることに触れていない。

(4) 原告が被告に提出した監事及び常勤監事への就任承諾書には、いずれも任期についての記載がない。

(5) 被告の主張するような任期の合意があったならば、被告は、平成八年三月三一日の経過を待って新しい監事及び常勤監事を選任したはずであるが、被告は、平成八年三月三一日以降もこのような行動に出ていない。

(6) 被告から提出された録音テープは、以下の事情に鑑みると証明力が極めて低い。

① 本件録音テープはオートマチック装置を使用して録音されたものと推測されるが、人声を完全に感知することはできずいわゆる録音もれが生じる可能性が否定できない。

② オートマチック装置を使用して録音されたテープは、機械音によって録音が途切れるため、容易に編集することができる。

③ 本件録音テープにおいて実質的に内容のあることを話しているのは遠藤のみであって原告は極簡単に返答しているに過ぎない。また、原告が被告常勤監事について被告定款に反する定めを設けることはできないのではないかという趣旨の発言を遠藤に対して行ったのは最後の方であったため、本件録音テープに全く録音されていない可能性が十分にある。

④ 本件録音テープには、被告が主張する任期についての特別の定めに対して同意する旨の原告の発言は録音されていない。

(7) 被告の定款の改正案においては、常勤監事を含めた役員の定年を一律に六五歳とする旨定められていた。

(8) 平成六年四月二〇日付就任承諾書(監事及び常勤監事について)において任期に関する記載がないのは、定款どおりの任期だったからにほかならない。

2  争点2(監事及び常勤監事の任期を三年以下とする合意は、被告の定款に反して無効となるか)について

(一) 被告の主張

(1) 被告のような民法上の公益法人は、主務官庁の厳格な監督下にあるため、監事の設置は任意であり、その任期を定める必要もないはずである。それにもかかわらず、あえて定款で任期を定めるのは、三年周期で役員としての適格性を審査し直すとともに、任期が長期にわたることによるいわゆるマンネリ化を防ぐためである。したがって、定款よりも長い任期を定めることは許されないが、短い任期を定めることは許される。

(2) 役員は、任期中であっても自由に辞任することができる。したがって、原告があらかじめ承諾している以上、定款より短い任期とする旨の合意も有効である。

(3) 被告の主務官庁である文化庁も、役員の任期について定款より短縮する合意が有効であることを認めている。

(4) 被告が原告を定款よりも短い任期で再任したことには十分な合理性がある。

(5) 原告がこの任期を承諾しなければ、被告は原告を再任しなかったはずであり、この任期は再任の重要な要素である。したがって、期限が無効であれば、再任自体も無効となる。

(二) 原告の反論

(1) 「公益法人の設立許可及び指導監督基準」は、監事の重要性から、必ず一名以上監事を置かなければならないと定めている。市場を通じた自然浄化を期待できない被告にとって、常勤監事は経営の適性を担保するほぼ唯一の機関である。このような常勤監事の監査の重要性を考慮すれば、定款で定められた三年より短い期間を定めることはできない。

(2) 任期の満了前に監事が自由に退任できることと、あらかじめ定款に反する任期を定めることとは異なる。被告の主張によれば、株式会社の監査役についても、合意によりあらかじめ三年以下の任期を設定できることになってしまう。

(3) 被告の改正定款(平成一〇年三月一六日認可)第一六条の二(新設)には、「前項の規定にかかわらず、特別の必要があるときは、学識経験を有する者又は本会の職員のうちから委嘱される理事又は監事については、六月以内の任期を定めて再任させることができる。」と規定されている。もし被告役員の任期を自由に定めることができるならば、このような規定を新設する必要はなかったはずである。

(4) 原告の監事への就任そのものが無効だったとすると、監事及び常勤監事が定款の定める定員を欠いていたことになってしまう。

3  争点3(被告会長は、常勤監事の委嘱を解き、非常勤監事とすることができるか)について

(一) 被告の主張

(1) 定款一八条の規定は、「解嘱」については適用がない。常勤職の委嘱とは、監事としての任期の枠内で、常時勤務することを委嘱するものであり、常勤する期間は固定されていない。常勤監事は、取締役会で互選される代表取締役と同じであって、取締役への降格が取締役会決議のみでできるように、常勤の解嘱も会長の専権により自由にし得ることである。

(2) 被告のこれまでの定款改正の経緯に照らして考えると、監事の外に常勤監事という別個独立の役員が存在するわけではない。

(3) 常勤監事の委嘱権は、会長に専属しているから(定款一五条七項)、解嘱権も会長にあり(最高裁判所昭和四三年六月二七日判決裁判集民事九一・四九一参照。以下この判例を「昭和四三年最判」という。)、会長は自由に常勤監事の委嘱を解くことができると解すべきである。このことは、理事長や常務理事を理事に降格させる場合も同様であり、この場合、理事会の承認のみがあればよく、評議員会の承認が必要な定款一八条が適用される余地はない。

(4) 会長には業務執行権限がないから、常勤監事の監査権限を骨抜きにするとの批判はあたらない。

(5) 常勤監事と非常勤監事との間には、職務権限に差異がない(定款二〇条五項、二七条、三二条、三八条、五一条も常勤監事か非常勤監事かによる区別をしていない。)。両者の報酬の差異は、その勤務形態の差異(業務専念義務の有無)に伴うにすぎない。現に原告は、常勤を解かれた後も、非常勤監事の職務を行うものとして理事会に出席している。

(6) 解嘱権の法的性質は、委任契約の解除権(民法六五一条)である。本件における常勤の委嘱は、報酬の定めはあるものの、受任者である原告の利益のために締結されたものではなく、被告において当然に解除できる。そして、任命権と解任権は表裏一体であるから、常勤に関する委嘱権をもつ会長に解嘱権も専属する。

なお、最高裁判所昭和四三年九月三日判決裁判集民事九二・一六九によれば、不動産仲介契約において、単に報酬の特約があるだけでは、受任者の利益を目的とした委任契約とはいえないとされている。本件でも単に報酬の特約があるだけでは、受益者の利益を目的とした委任契約とはいえない。仮に、受任者である原告のために締結された契約であると認められたとしても、最高裁判所昭和五六年一月一九日判決民集三五・一・一等によれば、被告による解除が可能である。

(二) 原告の反論

(1) 「委嘱」は選任の一種であり(定款一五条は、特定の役員の委嘱の手続についても定めているのであって、委嘱が選任の一種であることはいうまでもない。)、「解嘱」は解任の一種である。

(2) 常勤監事は、後述の「黒い霧事件」のような不祥事を防ぐため、内部監査機能を強化する目的で、昭和四〇年定款によって新設された独立の機関である。

(3) 被告は、原告から「監事」の就任承諾書だけでなく、「常勤監事」としての就任承諾書の提出も受けている。

(4) 被告の理事会及び定款改正委員会等の一連の動きをたどれば、被告会長は、常勤監事の解任権をもたないというのが、被告における確立した実務、定款の解釈であった。

(5) 「役員退職金支給規程」及び「役員報酬および手当支給規程」においても、常勤監事は、監事とは切り離された独立の役員として扱われている。

(6) 常勤監事は、監査の対象となるべき他の機関によって常勤を解かれるべきではない。

(7) 「常勤監事は、会長が委嘱する。」という文言に会長の常勤監事解任権を読み込むことは条文構造上不可能である。すなわち、定款一五条には、ほかにも「会長の委嘱」という文言が使用されている。したがって、常勤監事における「会長の委嘱」も、これらと同一の意味に解すべきであり、同条七項にのみ解任権を読み込むことはできない。また、このように条文に明記されていない事項について会長の権限を拡大解釈することは、会長の権限濫用を防止するという昭和四〇年定款改正の趣旨に反する。

(8) たとえ常勤監事の選任権が会長に付与されていたとしても、それは定款によって特別に付与された権限にすぎない。したがって、会長に常勤監事の解任権が認められるためには、定款において会長に常勤監事の解任権が付与されていることが不可欠である。

(9) 定款一八条は、役員の地位の安定及び独立と特定の場合の役員解任の必要性を調和させるため、役員の解任事由を厳格に特定し、さらに解任権を完全に会長から切り離すために設けられた規定である。殊に、常勤監事と非常勤監事との間には、職務権限及び報酬の点で大きな違いがある。また、常勤監事は兼業が禁止されているから生活保障の観点からも、その地位は非常勤監事以上に保護されなければならない。

(10) 昭和四三年最判は、任期の定めがなく、解任についての規定も存在しない財団法人の評議員の解任についての事案である。本件は、定款に任期の定めも解任に関する規定も存在し、重要な監査機能をもつ常勤監事の解任に関する事案であり、昭和四三年最判とは事案を異にする。

(11) 社団法人における役員、特に監事及び常勤監事に期待される法的機能は、民法の想定する受任者の委任者に対するそれとは全く異なる。したがって、民法の委任の規定をそのまま適用することはできない。仮に委任関係であるとしても、委任関係は、原告と被告の間に存在する。したがって、被告の代表権をもたない会長にそのような権限の行使は認められない。

(12) 受任者のために締結された契約の場合、委任者が委任契約を解除するためには、①受任者が著しく不誠実な行動に出るなどやむを得ない事情、又は、②受任者が委任契約の解約権自体を放棄したものとは解されない事情が存在することが必要である。本件では、①の事情は存在しない。また、定款一六条一項が役員の任期を三年と明記し、一八条が一定の要件を充足する場合に限って役員の任期途中での解任を認めていることからすれば、被告がそれ以外の場合における解任権を放棄したことは明らかであり、②の事情も存在しない。仮に受任者(原告)の利益のためでない委任であっても、被告代表者を中心とする被告の機関を監視、監査するために常勤監事が存在し、このような機能を強化するために常勤性を付与されていること、定款に任期の定めがあり解約権が放棄されていること、雇用型の委任であることを考慮すれば、民法六五一条がそのまま適用される余地はなく、委任者の自由裁量による解約が当然に認められるものではない。

4  争点4(原告が被告に損害賠償請求ができるか)について

(一) 原告の主張

被告の会長による常勤監事の解嘱が有効であるとしても、被告と常勤監事との関係は有償委任であるから、被告は、即時解消する場合にも、雇用型の有償委任として民法六二八条二項ただし書により、若しくは商法二八〇条一項、二五七条一項の類推により、又は少なくとも民法六五一条二項本文により、受任者である原告に対し、残存任期の期間に原告が得たであろう報酬と同額の損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告の反論

常勤監事の解嘱が有効である限り、常勤監事の期間は、委任者の利益のためのものであり、受任者の利益になるものではないから、民法六五一条二項の適用はなく、被告が損害賠償義務を負う謂われはない。また、仮に右が受任者の利益のためのものであるとしても、原告に対する常勤監事の解嘱にはやむを得ない事由があったから、民法六五一条二項により被告が損害賠償義務を負う理由はない。

5  争点5(被告が、本件係属後、原告を定款一八条により解任したこと(予備的解任)が有効か)について

(一) 被告の主張

(1) 被告は、予備的に、平成九年二月一九日に開催された評議員会の承認を得て、定款一八条により、以下の事由を理由として、原告を監事から解任した。

① 原告は、被告の定款を曲解し、常勤監事を非常勤監事と並列ないしは別個独立の役員であると強弁した。

② 原告は、押田とともに被告会長との間で平成七年一一月七日、平成八年三月末日までとの期限付きで役員に就任することを約束したにもかかわらず、右約束を破り被告会長及び理事長の説得にも耳を貸すことなく監事としての地位に固執し続けた。

③ 原告は、本件訴訟において、被告理事長が「勤務時間中であるのに明らかに酒気を帯びた。」とか、「従来から勤務時間中である午後四時頃から側近を集め冷酒を飲み始めた。」等々の虚偽の主張を繰り返し、被告及び理事長らを誹謗中傷した。

④ 原告は、本件訴訟において、被告理事長が「被告の本部事務所移転に関わる古賀財団への巨額の無利息融資問題を曖昧なままに終わらせようと画策した。」とか、「被告を監督官庁からの天下り先確保の場として確保するということを画策しているとの事実が存在した。」等々の事実無根の主張を繰り返し、被告及び理事長を誹謗中傷した。

⑤ 原告は、被告会長から平成七年一一月七日に期限付き再任の内示を受けた際、それが定款に違反することが明らかであり、翌八日には理事会や評議員会が開催されて定款違反の議案について審議が行われることがわかっていたにもかかわらず被告会長に対して定款違反であることの説明を行わなかった。

⑥ 原告は、常勤監事に再任された後、押田の任期が平成八年三月末日までであることがわかり、それが定款違反であることが明らかであったにもかかわらず常勤監事として意見を述べたり是正するための行動をとらなかった。

⑦ 原告は、加戸が勤務時間中に側近を集めて酒を飲んでいるとの噂を聞いたにもかかわらず加戸に会ってその真偽を確かめ、事実であれば注意する等の行動をとっていない。

⑧ 原告は、加戸が被告を文化庁OBの天下り先として確保しようと企てて古賀問題を和解で解決しようとしているとの妄執にとらわれて、加戸の失脚を狙って評議員会や総会等の場において議題から外れた動議ないしは質問を頻発せしめ、審議の時間を浪費して正常な業務の運営を阻害した。

(2) 評議員会の通知書には、審議事項として「役員の委嘱について」としか記載されていないが、原告の解任については原告の後任として藤井一孝を監事に選任するとの審議事項の関連事項として審議されたものであり手続上何の問題もない。

また、理事会において原告の予備的解任の議案を決定するに際し、原告本人を退席させることは自由な議論を確保するためにはむしろ必要な措置である。被告理事会においては、委嘱役員についての議案を決定する場合ですら、当該役員予定者は原告も含め退席しているのであるから、何ら手続違反の問題は存しない。

(二) 原告の反論

(1) 被告が主張する予備的解任は、実体的要件を欠くばかりでなく、重大な手続的瑕疵を有しているため、無効である。

(2) 被告の主張する解任事由については、いずれも「職務の執行の任に堪えないと認めるとき」又は「役員に職務上の義務違反その他役員たるに適しない行為があるとき」(被告定款一八条)という要件に該当しない。

① 原告が被告の定款を曲解し、常勤監事を非常勤監事と並列乃至は別個独立の役員であると強弁した、という点については、被告定款には監事という役員と常勤監事という役員が明記されているのであるから、これを異なる役員と解しても定款の曲解とはなり得ない。

② 原告が押田とともに被告会長との間で平成七年一一月七日、平成八年三月末日までとの期限付きで役員に就任することを約束したにもかかわらず、右約束を破り被告会長及び理事長の説得にも耳を貸すことなく監事としての地位に固執し続けたという点については、被告の主張するような約束は存在しないし、仮に存在しても被告定款に違反し無効である。

③ 原告が、本件訴訟において、被告理事長が「勤務時間中であるのに明らかに酒気を帯びた。」とか「従来より勤務時間中である午後四時頃から側近を集め冷酒を飲み始めた。」等々の虚偽の主張を繰り返し、被告及び理事長らを誹謗中傷したという点については、いずれも事実であり、しかも公益法人の理事長たる者が行ってはならない行為である。そして、原告は、被告常勤監事として被告理事長を監視する立場にあるから、被告理事長のこのような行為を指弾するのはその当然の責務である。

④ 原告が、本件訴訟において、被告理事長が「被告の本部事務所移転に関わる古賀財団への巨額の無利息融資問題を曖昧なままに終わらせようと画策した。」とか、「被告を監督官庁からの天下り先確保の場として確保するということを画策しているとの事実が存在した。」等々の事実無根の主張を繰り返し、被告及び理事長を誹謗中傷したという点については、原告が被告常勤監事として種々の根拠から相当確実性のあるものとして探知した事実である。

⑤ 原告は、被告の主張する期限付き再任なるものが定款違反であることを遠藤に対して指摘している。また、原告の出席した平成七年一一月八日の理事会及び評議員会において任期の点については何ら触れられなかった。

⑥ 押田が法的強制力の背景なしに自らの自由な意思で辞表を提出するということは押田の自由であって、原告が常勤監事であったとしても容喙することは一応差し控えざるを得ない。その法的内容をしっかりと確認もせずに軽々に口を差し挟むことが必ずしも望ましいわけではない。

⑦ 原告は、加戸の勤務時間中に側近を集めて酒を飲んでいるとの噂を聞き、この問題を放置していたわけではなく、より情報を収集し真偽を慎重に確認した上で加戸に諫言しようとしていたところ、解任されてしまったためにその機会を喪失したにすぎない。

⑧ 被告のような公益法人を自らの出身官庁の天下り先として確保することは軽微なものであっても到底許容されるものではなく、そのような企てに厳しい目を光らせるのは被告監事として当然の義務である。また、原告が、加戸の失脚を狙って評議員会や総会等の場において議題から外れた動議ないしは質問を頻発せしめ、審議の時間を浪費して正常な業務の運営を阻害したという事実はない。さらに、被告は、原告の解任決議が行われた評議員会に上程されなかった解任事由についても事後的に主張しているが、このような主張が認められるとすると、被告の役員は被告評議員会の審議を経ない解任事由によって解任されてしまうことになり、明らかに定款一八条が被告役員の解任を被告評議員会の裁量に委ねたという趣旨に反する。

(3) 定款二九条四項は、「評議員会の招集には、少なくともその五日前に、会議の目的である事項、日時及び場所を記載した通知書を評議員に発送しなければならない。」と規定しているが、被告が原告の予備的解任を行った平成九年二月一九日の評議員会についての通知には、議案として「役員の委嘱について」と記載されているのみで、「予備的解任」についての議案は記載されていない。役員の委嘱は、定款一五条によって、会長が評議員会の承認を得て委嘱するものであるのに対し、予備的解任は、定款一八条の規定によって、理事会が評議員会の承認を得て行うものであって、両者はその性質上別個の議案として開催通知書に記載されるべき事項である。

また、平成九年二月一九日に行われた理事会は、原告の解任の決議が行われたにもかかわらず、一切事前の通告が行われることなくかつ何の理由も付さずに被告理事長加戸によって原告は理事会から退席させられた。右理事会は、監事の理事会への出席権を定めた定款二七条に反して行われた違法かつ無効なものである。

第三  争点に対する判断

一  本件の事実経過について

証拠(甲第一号証、第四号証の一、二、第五号証の一、二、第六号証ないし第一六号証、第一八、第一九号証、第二一、第二二号証、第二七、第二八号証、乙第一ないし第四号証、第六ないし第一五号証、第一七ないし第二六号証、第二八ないし第三〇号証、第三一号証の一、二並びに証人遠藤実及び証人加戸守行の各証言、原告本人尋問の結果。ただし、甲第一号証、第七、第八号証、第一二、第一三号証、第一八、第一九、第二〇号証及び原告本人尋問の結果のうち後記採用しない部分は除く。)と弁論の全趣旨に前記前提事実を総合すれば、以下の事実が認められ、甲第一号証、第七、第八号証、第一二、第一三号証、第一八、第一九、第二〇号証及び原告本人尋問の結果のうち、この認定に反する部分は採用できない。

1  遠藤は、平成七年一〇月二日に開催された被告の評議員会において会長に選出され、その後、委嘱すべき役員の候補者選びを行った。遠藤は、役員の中でも、特に理事長候補の理事として誰を推薦するかについて思索を重ねた。というのも、被告は、当時年間に約八百億円もの著作権使用料を徴収する公益法人で、その理事長には、組織改革、業務運営、対外折衝等の実務に精通した専門家が就く必要があり、また、この当時、被告には後述の古賀問題が発生し、マスメディアを交えた非難合戦等が展開されて被告が崩壊しかねない程までに深刻な問題に発展したため、理事長には古賀問題を解決できるだけの手腕のある人物を就かせる必要があったからである。遠藤は、選任理事(評議員会において、評議員の中から選任された理事)等と相談した結果、当時特殊法人日本芸術文化振興会(国立劇場)の理事長であった加戸が被告理事長として適任であると考えるに至り、文化庁を通じて、加戸に被告の理事(なお、理事長は理事の互選によって選ばれる。)に就任するように依頼した。加戸は、この要請に対し、当初は固辞していたものの最終的には要請を受けることとなった。

そして、平成七年一一月八日、加戸は被告の理事長に就任した。

2  遠藤は、被告会長に就任して以降、前述のように、委嘱すべき役員の候補者選び、具体的には、任期満了となる職員出身の理事八名及び監事一名の後任人事について検討し、六〇歳を超えた職員出身役員は再任しないという方針を決定した。その対象は、北田常務理事、押田及び原告の三名と数か月で六〇歳となる青木常務理事の四名であり、青木常務理事からは自ら再任を遠慮するとの申入れがあったため、遠藤は、この四名については再任しないことを決定して、この人事の方針について、理事就任を内諾した加戸に相談した。加戸は、遠藤の意見に基本的には賛成したものの、九名のうち半分に近い四名が交代することは、古賀問題で揺れている現在において実務への影響が大きすぎること、理事はともかく、監事は定款上三名の必置制となっている以上、その後任を補充しなければならず、年度の途中に幹部職員の中から登用するとなると、さらにその幹部職員の後任を決めなければならないため、順送りにかなりの人事異動が必要となってしまうので、職員の定期異動の時期である平成八年三月に就任するのが望ましいこと、加戸は理事長職を引き受けることを決めたばかりで、遠藤も会長に就任したばかりであるため、二人とも職員にどんな人材がいるかをよく知らないこと等を理由として、押田常勤理事と原告については、職員の人事異動の時期である平成八年三月までの任期を想定して再任し、その後任の登用を平成八年四月からとしてはどうかという意向を示した。

遠藤は、加戸の意向を受け入れ、押田及び原告を平成八年三月までの任期を想定して再任することにした。そして、遠藤は、推薦する委嘱理事等の人選を固めて、平成七年一一月七日、定款一五条一〇項の規定に基づき文化庁著作権課と事前協議を行った。この席上、遠藤は、押田及び原告への委嘱は、平成八年三月末日までという期限付きであることを説明し、文化庁は、押田及び原告を含むすべての候補者について承諾を与えた。なお、文化庁長官に対する、平成七年一一月七日付「監事の委嘱について」と題する文書及び「常勤監事の委嘱について」と題する文書には、いずれも「宮澤溥明(平成8年3月末日まで)」と記載されている。

3  遠藤は、平成七年一一月七日、文化庁との協議を終えた後、被告会長室において、任期満了となる役員を一人ずつ呼び、再任しない予定者にはその旨を伝え、再任する予定者には引き受けてくれるかどうかを打診した。この時、遠藤は、原告に対して、「平成八年三月末日までの期限付きで再任しますが、それでいいですか。」と言ったところ、原告は、「少しでものばしていただきありがとうございます。」と答えた。

遠藤は、同日、押田に対しても原告と同じように事情を説明して、平成八年三月末日までの期限付きで再任する旨を伝えたところ、押田は、これを承諾した。

4  遠藤は、再任予定者に内示を終えて帰宅した後、原告の再任について、平成八年三月までという期限を示したことにより、周りの人々から原告が三月で馘首されたなどと評価されるのではないかと考えたため、原告宅に電話をした。そして、遠藤は、原告に対して、原告の任期が平成八年三月末日までとされたのは、原告から今期で辞めたいという申し出があったが遠藤の方から平成八年三月まで留任してもらいたいと慰留したためであると言ってよいと伝えた。

5  平成七年一一月八日、被告の通常理事会及び一九九五年度第二回臨時評議員会が連続して開催された。

まず、同日午後一時二分から開かれた最初の理事会において、遠藤は、新しく役員に就任する予定である候補者九名を評議員会に承認を諮りたい旨を説明し、その際、押田及び原告の各任期を平成八年三月三一日までとすることについて本人らの了承を得ていることを付言した。

そして、同日午後二時三分から開かれた評議員会において、八名が理事として、原告が監事として、それぞれ承認され、遠藤は、加戸ら八名に理事を委嘱し、原告に監事を委嘱した。(なお、遠藤が、この席上、押田及び原告の任期が、それぞれ平成八年三月三一日までであり、本人の了解を得ていることを述べた事実はない。)

その後の同日午後三時四七分から再開された理事会において、加戸が理事長に互選され、遠藤が加戸に理事長を委嘱した。また、遠藤は、原告に常勤監事を委嘱した。(この席上、遠藤が、押田及び原告の任期がそれぞれ平成八年三月三一日までであると述べた事実はない。)

そして、同日午後四時二分から再開された評議員会において、加戸が理事長に就任したことや原告が常勤監事に就任したこと等が報告された。(この席上、遠藤が、押田及び原告の任期がそれぞれ平成八年三月三一日までであると述べた事実はない。)

原告が、被告に対して提出した平成七年一一月八日付の監事及び常任監事の就任承諾書に、任期については何ら記載がない。

6  原告の任期が満了間近の平成八年二月ころ、加戸は、原告に対し、繰り返して、辞表を提出するように依頼した。

しかし、原告は、加戸の辞表の提出の要請を拒否した。

そこで、遠藤及び加戸は、相談の上、原告の常勤職の委嘱を解くこととし、平成八年二月二一日に開催された臨時理事会において、原告の常勤を解くことが了承され、同日開催された通常評議員会において、原告の常勤を解くことが報告された。

被告は、原告に対し、平成八年四月一日付通知書及び解嘱書を送付し、平成八年四月一日をもって原告の常勤監事の委嘱を解き非常勤監事とすることを通知した。

7  塚越建太郎(以下「塚越」という。)は、以前から原告と交流があったが、原告の任期が平成八年三月末までであることを伝え聞いており、平成八年一月一五日付の吉村に宛てた手紙において、その旨記載している。

8  被告は、平成九年二月一〇日付で、平成九年二月通常評議員会開催の通知を出しており、その通知には、審議事項として「2、役員の委嘱について」と記載されている。

そして、被告は、平成九年二月一九日に開催された評議員会において、定款一八条所定の手続である評議員会の承認を得て、原告を監事から解任した。

二  黒い霧事件及び古賀問題について

1  黒い霧事件について

甲第七、第八号証、第一三、第一四号証、第一七号証、第二一、第二二号証、乙第一七号証、第二五号証及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

黒い霧事件とは、被告の会長ら役員が昭和三四年から昭和三八年までの五年間にわたる業務執行において、会員から著作権の信託を受けてこれを管理する業務として音楽著作物の使用者から徴収した著作権物使用料の一部を簿外に移し、これを原資とする不正な裏経理(簿外経理処理)を行っていたと、新聞、雑誌等により報道された事件のことである。

その具体的な方法として、著作物使用料を著作物使用者に返戻した形にし、外国楽曲の使用料として外国著作権団体に送金した形にし、本来被告が取得すべき外国楽曲の管理手数料分を計上しないで信託者に使用料分配金として支払った形にするなどして被告の使用料収入金から支出したもの、あるいは総務部経理課が業務部から著作権使用料を収納したにもかかわらずそれを帳簿に入金の記載をせず被告の使用料収入から除外したものなど経理上不当な操作がされていたと報道された。

被告役員らが右操作によって取得した金額は総額約一億円に達し、東京地方裁判所は、被告に対し会計帳簿閲覧命令を発し、その後の調査の結果、被告の役員らがこれらの収支予算外の金額(いわゆる裏金)を役員の裏給与や賞与、飲食遊興費として費消したり、使途不明の支払に充てていたと報道された。また官庁に対する接待費の科目の支出状況も報道され、当時の被告に対する主務官庁であった文部省の課長らに対する接待、供応あるいは金銭供与が行われていたと報道されて、国会においてもこの件についての質疑が行われるまでになった。

そのため、当時の被告会長ら執行役員全員が引責辞任することとなった。それらの者は、その後、被告から損害賠償を求める民事訴訟を提起されたが、約三〇〇〇万円を弁済することによって被告と裁判上の和解をした。また、刑事事件としては、当時の役員四名につきいずれも不起訴処分とされた。

そして、被告は、このような不祥事の再発を防ぐべく、昭和四〇年六月二三日に定款を改正して、会長の独走、専断を防止するために従前被告の会務を総理し被告を代表するとされていた会長から理事の地位と被告の代表としての地位を喪失させて、その権限を大幅に縮小、削減するとともに、監査制度を充実強化するために、監事については、従前三名以内と定められているにすぎなかったのを、一一条三号に「監事三人」と規定し、一二条七項に「監事のうち一人は、常勤とする。」と規定し、監事は他の役員を兼ねることができないとの明文を置いた(以下この定款改正を「昭和四〇年改正」という。)。

2  古賀問題について

甲第一号証、第六ないし第八号証、第一二号証、第一八、第一九号証、証人加戸守行の証言及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

被告は、平成四年七月一日、財団法人古賀政男音楽文化振興財団(以下「古賀財団」という。)が建設する古賀ビルを賃借してそのビルに本部事務所を移転するために、会員に分配すべき著作権使用料による信託財産を原資とする七七億七〇〇〇万円の建築資金を貸し付ける金銭消費貸借契約を古賀財団との間で締結した。そして、被告は、古賀財団に対し、平成四年七月に七億七七〇〇万円、平成五年七月に一五億五四〇〇万円の合計二三億三一〇〇万円を貸し付けた。

ところが、この貸付に疑問を抱いた評議員らが当時の理事長ら役員に対して、①貸付金額が工事費を一〇億七五〇〇万円も超過しており、その超過分の使途が不明であること、②理事長が古賀財団の評議員を兼務しており、被告からの建築資金借入を審議した古賀財団の評議員会の議長を務めていたことから双方代理と似た関係あるいは利益相反行為の疑いがあること、③理事長が被告総会で会員に対し、ビル工事の入札を行うと説明を行って承認を得ていながら、実際には入札は行われておらず指名発注していたこと、④貸付の対象が被告本部事務所の建物だけでなく被告が使用していない古賀財団の会館棟、音楽ホールの建築資金までも含まれているなどとして追及をした。そして、評議員らは、平成六年一月一一日、理事長に、古賀財団に対する三回目の融資(三三億三一〇〇万円)の中止、古賀財団との無利息融資契約の破棄、古賀財団にすでに融資した二三億三一〇〇万円の返還、古賀財団との賃貸借契約の破棄と執行部の辞任を求めた。

これが被告又はその関係者間においていわゆる古賀問題と呼ばれるものであり、この問題は、新聞やテレビ等のマスメディアにも取り上げられることとなり、その責任をとる形で会長、理事長等当時の被告執行部の大半が引責辞任し、平成六年二月九日、新たに会長、理事長が選任された。

平成六年二月一五日の評議員会において、評議員から古賀問題の責任をとって執行部が辞任したのに、これらの役員の職務執行を監査する立場の中心にあった常勤監事が責任をとらないのはおかしいのではないかとの追及がされた。そこで、新たに選任された会長と理事長が、被告顧問弁護士の意見を求めたところ、顧問弁護士は常勤監事を解任するだけの理由はないという見解を表明したため、常勤監事については会長による説得に基づき自らの意思で辞表を提出して常勤監事の地位を退くという手続がとられた。

三  常勤監事と非常勤監事について

1  甲第七ないし第一〇号証、第一三号証、乙第一号証、第一七号証及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告における監事の職務は、被告の財産及び被告の管理する信託財産の状況の監査、理事長の業務執行の状況の監査、財産状況又は業務執行に関して不正を発見した場合の理事会、評議員会、総会、主務官庁への報告、右報告のための理事会等の招集であって(定款二〇条五項)、常勤監事、非常勤監事ともにその職務内容自体に差違はない。

(二) しかし、常勤監事は、非常勤監事と異なり、被告に常勤してその職務に専念する義務を負い、その退職金、報酬等については、被告の「役員退職金支給規程」及び「役員報酬および手当支給規程」においては、特に一つの役員、役職として扱われ、以下のような違いがある(いずれも平成八年三月を基準としたものである。)。

(1) 常勤監事については、報酬が月額一〇九万円(年額一三〇八万円)であり、賞与が年額給与五か月分(五四五万円)である。報酬と賞与とを合わせると年一八五三万円となる。

また、常勤監事の退職金は、退任時の報酬月額に在任年数と役員別係数(2.3)を乗じた額である。

(2) 非常勤監事については、報酬が月額六万円(年額七二万円)であり、賞与はない。

また、非常勤監事の退職金は、退任時の報酬月額に在任年数と役員別係数(2.5)を乗じた額である。

(三) さらに、常勤監事は、被告に常時出勤することが予定されているため、個室と秘書を与えられており、役員会、常務会、理事会、評議員会、総会に出席して意見を述べることが求められており、また、必要に応じて直接担当職員から業務に関する説明を受け必要な資料を交付させることが現実に可能である。

これに対し、非常勤監事は、評議員会と総会には出席するが、理事会については出席しないことが多く、評議員会と総会に出席する際の直前に開催される理事会に出席するにすぎない場合が多い。また、理事会の審議の状況に関しては、通常、監事会において常勤監事から説明を受けるにすぎない。

2  前記1の認定事実に、昭和四〇年の定款変更においてわざわざ常時勤務することを予定した常勤監事が新設されたことを併せて考えると、常勤監事には、毎日始業時刻から終業時刻までの間、適正に監事の仕事に専念することが義務づけられていると解される。

とすると、常勤監事と非常勤監事の間には、職務内容自体には差違がないものの、報酬等の待遇や義務づけられている監査等の内容や手段について歴然とした差違が存在している。

四  争点1(原告と被告の間で原告の監事及び常勤監事の任期を平成八年三月三一日までとする旨の合意がされたか)について検討する。

1  前記一の認定によれば、遠藤は会長に就任後、職員出身の役員の後任人事について、六〇歳を超える職員出身役員を再任しない意向であったが、加戸から原告と押田を平成八年三月までの任期により再任することを提案されたことから、その提案どおり原告らを平成八年三月までの任期とする想定の下で再任することを決定したこと、遠藤は、文化庁との事前協議において原告らへの委嘱が平成八年三月末日までの期限付きであると説明し、文化庁に対する文書にもその趣旨が記載されていること、遠藤は、本人に対する意向打診の場面において原告に平成八年三月末日までの期限付きで再任するがそれでよいかを尋ねて原告から承諾する趣旨の返答を受けたこと、遠藤は、押田に対しても原告と同様の説明をして承諾を得たこと、平成七年一一月八日に開催された被告の通常理事会において、遠藤は新役員候補者九名を評議員会に承認上程する旨説明した際に、原告らの任期が平成八年三月三一日までであり本人らの了承を得ていることを付言したこと、押田は平成八年三月三一日をもって辞任する旨の辞任願を被告に提出したこと、塚越が原告の任期が平成八年三月末までであることを伝え聞いていたことが明らかにされている。

2  そうすると、原告と被告の間で、原告の常勤監事の任期を平成八年三月三一日までとする旨の合意が成立したと認定される。

3(一)  もっとも、この点に関して、原告は、陳述書(甲第一号証、第一八号証等)及び本人尋問において、平成七年一一月七日、遠藤から常勤監事の内示を受けた際に任期についての申し出を了承したことはないと供述する。

しかし、原告は、右の内示の際に、遠藤から、「任期は平成八年三月までである。」と言われたこと自体は、平成八年二月二一日開催の臨時理事会、通常評議員会において自認しており、しかも、原告は、これらの会議において任期の合意があったことについて争う旨の発言をしていないことが明らかであり(乙第一二、第一三号証)、原告は、評議員会や理事会において、もっぱら定款の解釈を理由として常勤職の委嘱を解いた点を争っているにすぎないということができる。

また、甲第一号証には、原告は、遠藤から任期の話を聞いた際、改めてこの点については確認しようと考え、釈然としないまま会長室を出たとの原告の供述記載が存在する。

しかし、原告は、その日から辞表の提出を求められた平成八年一月二九日まで約二か月半以上もの間、遠藤に対し、確認する機会があったにもかかわらず、その点について確認を行ったことを示す証拠はない。加えて、原告は、押田について定款に反すると考えられる任期が付されていることを知っていたが、常勤監事として格別異議を唱えることもなく、会長や理事長に進言することもなかったことは、弁論の全趣旨に照らして明らかである。

したがって、平成七年一一月七日に遠藤から常勤監事の内示を受けた際、任期についての申し出については了承したことはないとの原告の供述は採用することができないから、この供述によって前記2の認定を左右することはできない。

(二)  また、原告は、理事及び監事の承認が行われた平成七年一一月八日開催の評議員会において、遠藤は、原告の任期について何ら説明しなかったと主張する。

なるほど、前記一の認定によれば、遠藤が平成七年一一月八日開催の評議員会において、押田及び原告の任期がそれぞれ平成八年三月三一日までと述べ、またこれについて本人の了解を得ていると述べたことは、認められない。

しかし、遠藤は、原告について、平成八年三月までという期限をつけて再任したことにより、周りの人々から原告が三月で馘首されたなどと評価されてしまうのではないかと心配していたことが認められ、遠藤が評議員会においてあえて原告の任期について言及しなかったのは、原告のことを心配したためであると考えるのが合理的である。

したがって、遠藤が評議員会において原告の任期について何ら説明しなかったからと言って原告と被告の間の任期に関する合意が存在していなかったということはできない。

(三)  さらに、原告は、原告の監事としての再任が期限付であったならば、被告としては辞表の提出を求める必要はないにもかかわらず、加戸は、原告に対して、執拗に辞表の提出を求めたし、原告が平成八年三月三一日までという任期についての合意があったとすれば同日限りで監事の地位を失うのであるから、被告があえて常勤監事の委嘱を解くという手続をとる必要はなかったはずであると主張する。

確かに、前記のとおり、加戸は、平成八年一月末から原告に対し、繰り返し辞表を提出するように求めていること、加戸は、平成八年三月三一日限りで常勤監事の委嘱を解いたことが認められる。

しかし、たとえ、任期の合意がある場合においても、後述するとおりその合意に効力は認められず、加戸にもこの点に疑念があって不思議ではなく、辞表を提出するように働きかけ、また常勤監事の委嘱を解く扱いにしたことも敢えて異とするに足りない。

したがって、加戸が原告に対して、辞表の提出を求めたとしても、原告と被告の間で任期に関する合意が存在していなかったとはいえない。

五  争点2(監事及び常勤監事の任期を三年以下とする合意は、被告の定款に反して無効となるか)について検討する。

1  この点については、被告の定款一六条一項が「役員の任期は、三年とする。ただし、重任を妨げない。」と規定しており、被告の定款には他に監事(常勤監事を含む。特に断らない限り以下同じ。)の任期に関する定めは存在しない。

そこで、以下、右の規定の趣旨を検討する。

2  民法は、公益法人の監事について、「法人ニハ定款、寄附行為又ハ総会ノ決議ヲ以テ一人又ハ数人ノ監事ヲ置クコトヲ得」と規定しており(五八条)、任意機関制をとっていることが明らかである。そして、監事の職務権限として、法人の財産の状況を監査すること、理事の業務執行の状況を監査すること、財産の状況又は業務の執行について不整の廉があることを発見したときは総会又は主務官庁に報告すること、右報告をするために必要があるときは総会を招集することが規定されている(五九条)。

右のとおり、法人の健全な運営を行っていく上で重要なものを監事の職務権限としているにもかかわらず、監事を任意機関制とした民法五八条の趣旨については、一般に、法人の目的や規模その他の事情によっては法人に理事の事務執行の監査機関を設けるまでの必要性のない場合があり得るためであると説明されている。しかし、民法の公益法人の規定が制定された当時にはそれほど規模の大きい公益法人の存在が予想されていなかったのに対し、その後当時と状況が大きく変化したといわれているし、また、公益法人における監事の役割の重要性に鑑みると、民法が公益法人において監事を必置制にしていない趣旨は不明確であるとする見解すら存在している。

かえって、現に、当裁判所に顕著な「公益法人の設立許可及び指導監督基準」(平成八年九月二〇日閣議決定、平成九年一二月一六日一部改正)には、監事の役割の重要性から、必ず一名以上監事を置かなければならないと定められており、監事の設置が公益法人の設立許可の一要件とされている。また、社団法人において監事を置いていない法人は現在ほぼ皆無に近く、むしろ監事の数を複数としている法人が大勢であることは、公知である。

以上のとおり、民法上、監事が任意の機関とされていることは実際の状況と大きく乖離しており、本件において、被告の定款の解釈を考える上でも、右のような現実の状況を重視する必要があると考えられる。

3  甲第七号証、乙第二二号証、前記二及び前記第二の二における認定事実と弁論の全趣旨によれば、次の事実が明らかである。

すなわち、被告は、「著作権ニ関スル仲介業務ニ関スル法律」に基づいて設立され、音楽著作権に関する仲介業務を行っている日本で事実上唯一の団体であるが、近年のマスメディアの発達に伴って音楽著作物の使用が多様化したため、事業内容が拡大し成長を遂げてきた。昭和三三年には、被告による徴収著作物使用料は年間二億円前後で、職員数も五〇名程度であったのが、平成一〇年度には、被告は、事業計画、収支予算として、九四〇億円余りの著作物使用料の徴収目標を設定し、経費として年間一三五億円余りの予算を組んでいる。職員数も現在では五〇〇名を超える規模となっている。また、被告は、国税庁により非収益事業者としての認定を受け、その条件を遵守することにより社団法人としての法人税を免除されるという税法上の優遇を受けている。さらに、被告は、会員の著作権を信託財産として管理し、その管理によって得た使用料の徴収、分配を行う過程において保管管理する信託財産である金銭を簿外に移したり他に貸し付けたりすることが禁止されている。

これらの事実によれば、被告は、日本国内において音楽著作権に関する仲介業務を行っている事実上唯一の公益法人として、社会的に確固たる地位を確立してそれに見合う責務を負っており、被告の公益性は著しく高いということができる。したがって、被告には、通常の公益法人以上により適正で公明正大な業務運営が強く求められるというべきであり、このような業務運営を実現するためには、主務官庁による組織外からの監督規制のほかにも、組織内において監事によりいわば自主的監視監督を実施する態勢を整えておくことが必要不可欠であるといわなければならず、被告の定款を解釈する上でも、監事の職が重大な任務を負っていることを考慮せざるを得ない。

加えて、被告に対する公的規制を担当する主務官庁自体も、被告の自主的運営を期待しているものと考えられる。すなわち、甲第七号証、第二二号証、弁論の全趣旨によれば、衆議院文教委員会(昭和四一年七月二七日、昭和四二年七月一九日)において、安達健二説明員(文部省審議官)は、黒い霧事件についての被告に関する質疑応答の際に、被告は自主的な団体であって、団体自体の自主的な管理運営というものを重んずべきである旨を繰り返し強調し、自主的な運営管理を期待して、「著作権ニ関スル仲介業務ニ関スル法律」に定められている臨検や立入検査については、現在まで行ったことがないと述べ、さらに、被告が黒い霧事件を契機として定款を改正し、新たに六〇名からなる評議員会を設け、会長や理事長等役員に関する規定の整備等を主な内容とする改善を行った上で、監査の制度のようなものあるいは監査部の設置というようなことでうまくいっているので、主務官庁としては、これからも被告の運営の自主性を尊重して指導監督にあたりたいと述べていることが認められる。そうすると、主務官庁としても、被告における評議員会の設置、役員規定の整備、監査制度又は監査部の設置等によって自主的に適正な業務運営が行われることを期待しており、当然に被告の機関の中でも特に監事が大きな役割を果たすことが期待され、また、監事が的確な監査機能を果たさなければ被告が自主的に適正な運営を遂行していくことも不可能であるとの認識が明らかにされているということができる。

したがって、監事は、理事長らの業務執行について常に厳正な監視監督を行う必要があり、それを実現させるためには、監事の地位の独立性、自主性を確保することが定款の解釈に際しても必要であるといわなければならない。

4  ところで、被告の監事と同様の機能を有するものとして株式会社における監査役が存在する。

監査役に関しては、商法の規定の改正が繰り返されている上に、株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律(以下「商法特例法」という。)が制定されているが、いずれも、監査役の権限とその独立性の強化により監査制度の充実を図ることが目的とされている。例えば、監査役の員数が増加され、監査役の任期が延長され、常勤監査役や社外監査役の制度が導入されている。これらは、我が国の経済社会の発展及び国際化に伴い、社会的、国際的に株式会社の経営における公正さ、透明さが強く要求されるようになり、そのために監査役の地位の向上がいわゆる日米構造問題協議のような国際的な場面でも指摘されたことなども契機となって実現されたのであり、株式会社が適正かつ健全な業務運営を行っていく上で監査役の果たす役割が大きいこと及び監査役がその任務を十分に遂行するために権限と独立性を確保することが重要であることを示しているといえる。そして、商法において、監査役の任期に関する二七三条一項は強行規定であるとされ、定款をもってしても、二七三条一項に定められた任期を短縮することはもちろん、延長することもできないものとされている。

被告は、公益法人であって営利法人ではないけれども、前述のとおり、海外の演奏家団体、録音権団体とも深いつながりをもち、音楽著作権に関する仲介業務を行っている日本で事実上唯一の団体であり、会員の著作権を信託財産として管理しているという特色を有しているだけでなく、巨額の著作物使用料を徴収し、年間経費も大きな額に達しており、株式会社以上に公正さ、透明さを要求されるということができる。被告において適正かつ健全な業務運営が行われることは、会員のみならず国民全体の利益を保護する観点からも、さらに国際的な観点からも要求され、そのためには、被告の財政規模等に照らしてみると、組織内においては監事が被告理事長等の業務運営を厳しく監視していく必要があることは明らかである。そして、そのためには十分な権限と地位の独立性が保証されていることが必要不可欠であることはいうまでもない。

5 被告の定款においては、前述のとおり、黒い霧事件を契機として、従来監事の人数として三名以内と規定されていたのを確定的に「三人」と改め、そのうち一人を常勤とする変更がされ、監査制度を充実させるための改正が行われたものである。

被告における監事による監査の重要性と定款改正の経緯とを考慮すれば、定款で定められた三年の任期の定めは、少なくとも監事に関する限り、監事が一定期間、独立性を保証されて安定した身分で業務監査等の権限を全うできるようにしたものと解するのが相当である。仮に、予め定款の規定よりも短い任期を合意によって定めることができるとすると、会長、理事長等の意に沿って任期を短縮する旨の合意をする者のみが監事に選任され、監事の業務監査等の機能保持を期した現定款の趣旨が没却されるおそれを否定することができない。

したがって、被告の定款一六条一項は、他の役員についてはともかく、少なくとも監事については、会長等の裁量を排除するいわば強行法規的なものであって、定められた三年という任期を予め合意によって変更することはできず、監事の任期について定款よりも短い任期を定めても定款一六条一項に反し無効であるというほかはない。

6(一)  この点に関して、被告は、役員は任期中であっても自由に辞任することができるから、原告が予め承諾している以上、定款より短い任期を合意することも許される、と主張する。

しかし、任期のある公務員等に関する事例と対比するまでもなく、任期満了前の特定の時点で監事が自らの意思で退任できることと就任前又は就任時から予め定款に反する任期を合意しておくこととが異なることは見やすい道理であり、被告のこの主張が失当であることはあまりにも自明というべきである。

(二)  また、被告は、被告のような民法上の公益法人は主務官庁の厳格な監督下にあるため、監事の設置は任意であって、その任期を定める必要もないにもかかわらず、あえて定款で任期を定めているのは、三年周期で役員としての適格性を審査し直すとともに、任期が長期にわたることによるいわゆるマンネリ化を防ぐためであるから、定款よりも長い任期を定めることは許されないが、短い任期を定めることは許される、と主張する。

しかし、民法三七条所定の定款における必要的記載事項であるかそれ以外のいわゆる任意的記載事項であるかを問わず、定款に定められた事項は、社団法人の根本規則として社団法人内部を拘束するものであり、定款の定めに抵触する任期を定めることは許されないというべきである。

しかも、実質的にも、前述の、衆議院文教委員会における政府委員の説明、民法上の公益法人における監事設置の必要性と現状等を考慮するとこの被告の主張には理由がない。

六  争点3(被告会長は、常勤監事の委嘱を解き、非常勤監事とすることができるか)について検討する。

1  まず、被告の定款上、「常勤監事」という独立の機関が認められているか否かを検討する。

(一) 前述のとおり、被告の定款においては、昭和四〇年改正により、従前三名以内と定められているにすぎなかった監事に関して、一一条三号に「監事三人」と規定され、一二条七項に「監事のうち一人は、常勤とする。」と規定されるようになったことが明らかである。

この一一条の文言からは新たな役員を設けたとはいいにくいし、昭和四〇年改正による定款には特に常勤とされる監事の選任手続等に係る具体的な規定が見当たらないから、常勤とされる監事も、三名の監事のうちの一名について特別にその勤務形態を定めたにすぎず、従来の監査機関と異なる新たな監査機関を設けたものではないというべきである。

もっとも、甲第一四ないし第一六号証によれば、被告会報(昭和四〇年六月一〇日号)には、「定款改正の要点」という見出しのもとに「(五)常勤監事・監事」という項目が設けられ、被告会報(昭和四一年一月一〇日号)には、被告役員の新年の挨拶が掲載され、その中に「常勤監事 押田良久」との記載が存在し、被告会報(昭和四一年三月一五日号)には、「通常評議員会報告」という見出しのもとに、昭和四一年二月通常評議員会出席者として「(常勤監事)押田良久」との記載が存在することが認められる。

しかし、乙第二二号証によれば、昭和四一年度通常総会議長に宛てられた昭和四〇年度監査報告書においては、当時常勤する監事であった押田の肩書が「監事」とされており、監査報告書には三名の監事の記名押印が五十音順で記載されていることが認められる。

そうすると、右の被告会報の各記載は、正式な名称を用いたものではないと解され、昭和四〇年に変更された定款によって、従来の監査機関と異なる新たな監査機関を設けたものとは考えられない。

(二) また、乙第一七号証によれば、昭和四六年に変更された被告の定款においては、役員の種別を定めた一一条三号に「監事三人(うち常勤監事一人)」と規定されて、被告の定款において、初めて「常勤監事」という名称が用いられることとなったことが認められる。

しかし、乙第一八号証によれば、北岡常務理事は、昭和四六年度臨時総会において、右規定の変更の理由について、「監事につきまして『監事三人、うち常勤監事一人』というふうにかえました。この『常勤監事一人』という規定は、現行第一二条第七項『監事のうち一人は常勤とする。』という規定が、位置が移動したわけですから、特別な修正ではございません。」と説明していることが認められる。

そうすると、昭和四六年の被告の定款変更においても、常勤監事という新たな役員が制定されたとはいえない。

(三) そして、その後の被告の定款変更において、この点に関する規定の体裁等は変更されていないから、常勤監事を独立の機関とまでいうことはできない。

したがって、常勤監事の委嘱を解いて非常勤監事とする場合に、常勤監事が独立の役員であるということを理由にして被告定款一八条の手続を履践しなければならないということにはならない。

2  次に、常勤監事の委嘱を解いて非常勤監事とする権限が会長に帰属するか否かについて検討する。

(一)  被告は、定款一五条七項により常勤監事の委嘱権が会長に専属していることを理由に、会長はその専権により自由に常勤監事の委嘱を解くことができると主張する。

確かに定款一五条七項は「常勤監事は、会長が委嘱する。」と定めている。しかし、定款にこの条項が存在することを理由にして会長が自由に常勤監事の委嘱を解いて非常勤監事とする権限があると解することはできず、被告の右の主張は採用できないというべきである。

けだし、定款一五条は、例えば四項において「理事長は、理事が互選した者について、会長が委嘱する。」と定めているように、監事以外の他の役員の選任に関しても、「会長が委嘱する。」という全く同一の文言を使用している。これらの定款の条項は、前述のとおり、会長の権限濫用を防止する目的で会長の権限を縮小させるためにされた昭和四〇年の定款の変更の際に規定されたものであり(甲第七号証、第二一号証、乙第一七号証)、その規定の経緯からも、またこれらの条項に相互に同一の文言が使用されていることからも、会長のする委嘱という行為は、既に選任の指名を経た者をその地位に就けるために儀礼的、名目的にされるいわば任命行為にすぎないと解するほかはなく、会長がその判断のみで自由にこれらの役員の委嘱を解くことができないのは当然というべきである。

常勤監事に関する会長の委嘱についても、他の役員の場合と同様の意味に解する必要があり、一五条七項の条項の存在だけから、会長がその専権により自由に常勤監事の委嘱を解く権限をもつと解することはできない。

(二) もっとも、定款は、常勤監事の委嘱について、一五条七項の定めを置くだけで、常勤監事をどのような手続で選出するかに関しては明文の規定を置いていない。前述及び後述の定款の改正経過と被告の内部における監事及び常勤監事の職務の重要性と独立性とを考えると、当然に商法特例法一八条二項が定めるのと同様に、定款の明文により監事の互選をもって常勤監事を選出すると明定しておくのが相当であったと考えられる。ただし、証拠に表われた被告における実務のように、監事による明示の互選のないまま、会長が監事の中から指名したからといって、通常は少なくとも監事らの黙示の意思に十分に沿っていると評価することが可能であるから、定款に違反するとまでいうべき理由はないということができる。

しかしながら、甲第七ないし第一〇号証、第一三号証、乙第一号証、第一七号証に前記の認定事実を総合すると、被告においては、黒い霧事件のような不祥事が発生したのは会長の権限が強大であったためであるとの反省から、このような不祥事の再発を防止するために、昭和四〇年の定款変更により、会長の権限を大幅に縮小、削減することとされ、会長から理事の地位と被告の代表権(業務執行権)を剥奪し、「会長は、本会を統裁する。」にすぎないものとされ(昭和四〇年改正による定款一五条)、会長の役員委嘱権限についても様々な条件が付され(同一二条)、また、同時に監査制度の強化、充実が図られ、監事の人数を「参名以内」であったのを「三人」とし、そのうち一人が常勤とされたことが明らかである。常勤監事(この名称そのものは昭和四六年の定款変更の際に登場するものであるが、新たに設けられた役員でないことは前述のとおりである。)は、昭和四〇年改正による定款変更によって、被告における不祥事の再発防止という趣旨からわざわざ設けられたものであるから、前述のとおり独立の機関ではないけれども、定款において予定された役割の重要性は明らかである。前述のとおり、常勤監事は、被告の「役員退職金支給規程」及び「役員報酬および手当支給規程」においては、一つの役員、役職として扱われ、非常勤監事と全く異なる経済的な厚遇を受けているが、これらの規程はいずれも定款に定められた常勤監事の役割の重大性に鑑みて定款の趣旨を酌んで特に定められたものということができる。

そして、定款上、監事の任務は、昭和四〇年改正による定款で、民法五九条の職務とされ、昭和四六年改正による定款以降では、理事長の業務執行の状況の監査以外に財産の状況又は業務執行について不正の事実を発見した場合の理事会、評議員会及び総会への報告並びに主務官庁への報告等とされており、これに対し、会長の職務は被告を統裁することとされている。そうすると、会長の業務も監事の監査対象に含まれることは否定しようがなく、その意味で、監事と会長とは定款に定められた職責上においても、緊張、対立関係にあることがもともと予定されているといわなければならない。したがって、その監事の中でも特に中心的役割を担うことが定款により予定されている常勤監事の地位が、監査対象に含まれる会長の裁量により自由に解嘱され得るようなことは、定款も予期しておらず、かえって、会長権限を大幅に縮小削減すると同時に常勤監事を設けて監査態勢を強化した昭和四〇年改正の経緯に照らすと、定款上は、このような事態は排斥されて、会長が自由に常勤監事を解嘱し得ないことが予定されていると解すべきである。

本件全証拠によっても、本訴に現れた原告に対する事例に至るまで被告において会長により常勤監事の委嘱が解かれた事例が見当たらないことは、この解釈を裏打ちしているということができる(なお、本訴提起後の被告における実例は、本件訴訟を意識された上でのものである疑いがあり、参酌するには値しない。)。

さらに、前述のとおり、被告は、音楽著作権の仲介業務を行う事実上日本で唯一の団体として現在までに現実に取り扱う著作物使用料等も巨額に達して国内的にも国際的にも深く公益と係わる地位にあるが、音楽著作権の管理が社会経済の進展とともに益々そのような重要な役割を果たすことはいずれの時点でも誰にでも容易に予見できた事柄に属し、不祥事をきっかけとする昭和四〇年の定款改正作業時にも、被告の担う役割がより深化発展していくことが当然に予見されて前述のとおりの定款改正に至ったと評価することができる。定款改正により、被告の適正かつ健全な業務運営が、会員の立場からはもちろんのこと国民的、国際的な広がりで公共の利益保護の観点からも要求され、被告において監事は株式会社における監査役以上に重要な地位を与えられたということができる。したがって、常勤監事を含む監事が職責を果たすためには、権限が与えられるばかりでなく、現実にその地位の独立性が十分に保障されていることが必要不可欠であることは、定款改正においても予定されていたといわなければならないし、主務官庁が被告の自主的運営を期待していることも前述のとおりである。加えて、前記三及び五で認定、検討したとおり、常勤監事と非常勤監事とでは、職務内容自体には差違がないものの、現実に期待され、義務づけられている監査等の内容及びその手段と報酬等について、歴然とした差違が存在している。

そうすると、被告において、監事の中心となる常勤監事の地位が事実としても会長その他の役員等から侵害されることがないように、独立性及び自主性が保障されなければならないことはいうまでもないし、定款もそのような保障を予定しているというべきである。

以上のとおり、定款は、何らの制限もなく自由に常勤監事の委嘱を解いて非常勤監事とするという権限を会長に与えていないというべきである。

3(一)  この点に関し、被告は、常勤監事の委嘱権は会長に専属しているから、昭和四三年最判に照らせば専権的で自由な解嘱権も会長にあると解するのが相当であり、この理は、理事長や常務理事が理事に降格する場合も同様であって、この場合、理事会の承認のみがあればよく、評議員会の承認を必要とする定款一八条が適用される余地はないと主張する。

しかし、昭和四三年最判の事案は、その寄附行為に、役員の任期の定めがなく、解任についての規定も存しないという財団法人の評議員の解任に関するものである。これに対し、本件は、定款に任期に関する規定があり、役員の解任に関する規定も存在するのであるから、昭和四三年最判とは明らかに事案を異にするということができ、昭和四三年最判を根拠にする被告の主張は採用することができない。

また、被告の主張のように考えると、理事長や常務理事が理事に降格する場合ですら理事会の承認が必要であるのに対し、理事長や常務理事より以上に他の役員からの独立性、中立性が強く要請される監事の中でも中核的な役割を果たすことが期待されている常勤監事が、何らの制限もなく、会長の一存で常勤監事の委嘱を解かれ得ることとなる。しかし、このような解釈が、監事の監視監督機能を重視している被告の定款の趣旨に反することは明らかである。

なお、国家公務員法六一条は、職員の免職は任命権者が行うことを定めているが、それは国家公務員法及び人事院規則の制限に従うことを前提とするものであり、被告主張のように任命権者に自由裁量を認める場合の定めではないことが留意される。また、地方自治法は、普通公共団体に被告における監事と同様の職務権限を有する監査委員を置くことを定め(同法一九五条)、一定規模のものについては常勤監査委員を置くことを義務づけているが、監査委員には四年の任期を定め(同法一九七条)、その資格を奪うことができるのは、厳格な実体要件があるときに、議会の同意を得て罷免できるとされている(同法一九七条の二)だけであることも参照される。

(二)  また、被告は、解嘱権の法的性質は、委任契約の解除権(民法六五一条)であり、本件における常勤監事の委嘱は、報酬の定めはあるものの、受任者である原告の利益のために締結されたものではないから、被告において当然に解除でき、任命権と解任権は表裏一体であるから、常勤監事の委嘱権を有する会長に解嘱権も専属すると主張する。

確かに、法人と監事及び常勤監事とは、委任又は準委任の関係に立つと解される。

しかし、これまで繰り返し述べてきたように、理事長の業務執行等を監視監督するという監事及び常勤監事の職務の重要性から、定款は、会長に常勤監事に対する自由な解嘱権を与えない途を選択したということができ、民法の委任の規定をそのまま適用したり、準用することは相当でないというべきである。被告が常勤監事を解任するには、定款一八条に定められた要件を満たす場合でかつ定款一八条に定められた手続を履践する必要がある。

(三)  さらに、被告は、会長は業務執行権限を持っておらず、監事の監査対象となる者ではないから、会長に自由な解嘱権を認めると、常勤監事の監査権限を骨抜きにするとの批判はあたらないと主張する。

しかし、前述のとおり、会長の業務も監事の監査対象に含まれることは否定することができないし、また、監事は、その職務の性質上、他の役員誰からもその独立性、中立性を侵害されることなく、その職務を遂行し、権限を行使できなければならないと考えられる。業務執行機関たる理事長のみならず、会長の意思にも左右されることなくその職務を行うことが保障されている必要があることは当然であって、被告の主張は理由がない。

七  争点4(被告が、本件係属後、原告を定款一八条により解任したこと(予備的解任)が有効か)について検討する。

1  乙第一九、第二〇号証によれば、平成九年二月一九日開かれた被告の平成九年二月臨時理事会において、「役員の委嘱について」との議題の下に、監事を藤井に委嘱することについての承認決議がされるとともに、予備的解任決議と称して、①委嘱の際に平成八年三月三一日までの期限付きでの約束であったのにそれに従わず、本件訴訟において定款を勝手に解釈して主張をするなど、監事としての見識に欠ける行為が多いこと、②古賀問題に便乗して会長の遠藤を脅迫して常勤監事の職に居座ろうとしていること、③本件訴訟において会長の遠藤及び理事長の加戸を個人攻撃していることを解任事由として掲げて、原告を監事から解任するとの発議がされて承認決議がされ、同日開かれた被告の平成九年二月通常評議員会において右の理事会決議を承認する決議がされたことが認められる。

2  定款一八条によれば、理事会が監事を解任するためには、「役員が職務の執行の任に堪えないと認めるとき、又は役員に職務上の義務違反その他役員たるに適しない行為があるとき」という実体的要件及び「評議員会の承認」を得るという手続的要件を満たしている必要がある。

3  被告は、第一に、原告は、被告の定款を曲解し、常勤監事を非常勤監事と並列又は別個独立の役員であると強弁したと主張する。

しかし、定款の解釈は、必ずしも一義的に明確であるとは限らず、むしろ、定款の中には、一般的、抽象的な規定が多少なりとも含まれているのが通常であって、被告の定款もその例外ではない。このような規定の解釈をめぐっては、役員をはじめとする構成員らの闊達な議論が必要不可欠であり、議論を通じて定款の解釈が明らかとなっていく場合があることは否定できない。

しかも、前述のとおり、定款上、常勤監事は、非常勤監事と別の役員とはいえないまでも、より重要な役割を予定されているのであるから、原告の主張を評して定款の曲解とまでいえないことは明らかである。

そうすると、原告が被告の定款について様々な解釈論を展開したことをとらえて、原告が「職務の執行の任に堪えないと認めるとき、又は役員に職務上の義務違反その他役員たるに適しない行為があるとき」という要件を満たしているということはできない。

4  被告は、第二に、原告は、押田と共に被告会長との間で平成七年一一月七日、平成八年三月末日までとの期限付きで役員に就任することを約束したにもかかわらず、右約束を破り被告会長及び理事長の説得にも耳を貸すことなく監事としての地位に固執し続けたと主張する。

確かに、争点1において検討したとおり、原告は被告との間で、任期に関する合意をしたものと認められる。

しかし、この任期の合意が効力を生じないことは、前述のとおりである。また、遠藤は、理事及び監事の承認が行われた平成七年一一月八日開催の評議員会において、原告の任期について何ら説明しておらず、原告が被告に提出した監事及び常勤監事の就任承諾書には任期について格別の記載がなかったことも明らかにされている。これらの事情に鑑みると、原告が合意の効力等について疑問を有し、合意の効力について被告に対して疑義を申し立てるような行動をとったとしても必ずしも不当視されるべきであるとまではいえない。

そうすると、原告が「職務の執行の任に堪えないと認めるとき、又は役員に職務上の義務違反その他役員たるに適しない行為があるとき」という要件を満たしているということはできない。

5  被告は、第三に、原告は、本件訴訟において、被告理事長が「勤務時間中であるのに明らかに酒気を帯び」とか「従来より勤務時間中である午後四時頃から側近を集め冷酒を飲み始め」等々の虚偽の主張を繰り返し、被告及び理事長らを誹諺中傷したと主張する。また、被告は、第四に、原告は、本件訴訟において、被告理事長が「被告の本部事務所移転に関わる古賀財団への巨額の無利息融資問題を曖昧なままに終わらせようと画策した」とか、「被告を監督官庁からの天下り先確保の場として確保するということを画策しているとの事実が存在した」等々の事実無根の主張を繰り返し、被告及び理事長を誹諦中傷したとも主張する。

確かに、右の各主張に係る原告の本件訴訟における主張には相当かどうかについて疑問を差し挟むべきものが多いことは否めない。

しかし、被告が解任しようとする原告の地位は監事という監査担当の役員であり、当然に任期の定めに服するのであるから、たとえ原告が被告と対立する訴訟の係属状態にはあっても、解任事由に該当するかどうかを解任決議提案者、決議参加者等の立場、感情などを離れて慎重公平に検討すべきであるのに、被告が原告の予備的解任の根拠として掲げる事由の中には、みるからに揚げ足取りといわれても仕方のないような説得力に欠けるものも含まれていること、そもそも、被告による解任事由とされた順序からしても、右の第三、第四の理由は前記の第一、第二の理由と比べて重きを置かれているとはみられないのに、その前記第一、第二の事由さえも前述のとおり容易に失当といわれてやむを得ないこと、この第三、第四の理由とされた関係で原告がした主張は、所詮被告の監事として、その監査対象である理事長の業務執行の状況や被告の財産及び信託財産の状況に関して気付いたことや話しに聞き及んだとされることを第一、第二の理由などとともに専ら訴訟上において主張するものにほかならず、本件全証拠によっても原告が訴訟外の場面でこの主張をしたことは認められないのに対し、他方で、被告の本訴における主張にしても、前述及び後述のとおり、正当なものばかりでなく理由がない主張が多々含まれており、原告の側の訴訟上の主張に多少穏当を欠く点があったとしても、これだけを特に取り出して非難し、独立の解任事由に該当するとまで判断することは権衡を失することなどを総合して考慮すると、被告の主張する原告の行為が「職務の執行の任に堪えないと認めるとき、又は役員に職務上の義務違反その他役員たるに適しない行為があるとき」という要件を満たしているとまではいえない。

6  被告は、第五に、原告は、被告会長から平成七年一一月七日に期限付き再任の内示を受けた際、それが定款に違反することが明らかであり、翌八日には理事会や評議員会が開催されて定款違反の議案について審議が行われることがわかっていたにもかかわらず被告会長に対して定款違反であることの説明を行わなかったと主張し、さらに、被告は、第六に、原告は、常勤監事に再任された後、押田の任期が平成八年三月末日までであることがわかり、それが定款違反であることが明らかであったにもかかわらず常勤監事として意見を述べたり是正するための行動をとらなかったと主張する。

しかし、これらの事由は、原告とあくまでも抗争する本件訴訟における被告の立場を維持する現在までの被告幹部らに、いわばより悪性の高い事由があることを前提とするものであり、その場合には、まず被告幹部に対する何らかの責任追及がされるべきこととなりかねない。本件全証拠によっても、被告幹部らの側で自らそのような責任に負おうとする徴候があることも、また、被告幹部らに対しそのような責任を追及しようとする動きがあることも認められないし、また、およそ本件で被告幹部らに対してそのような責任追及がされることが相当であるとも思われない。その一事をもってしても、原告が「職務の執行の任に堪えないと認めるとき、又は役員に職務上の義務違反その他役員たるに適しない行為があるとき」とあたるとは考えられない。

なお、被告は、これらの事由を被告の監事解任決議がなされた評議員会において主張していないことも明らかにされており、本訴においてこれらの事由を解任事由として付け加えることは、手続的にも不相当というべきである。

7  被告は、第七に、原告は、加戸が勤務時間中に側近を集めて酒を飲んでいるとの噂を聞いたにもかかわらず加戸に会ってその真偽を確かめ、事実であれば注意する等の行動をとっていないと主張する。

これについても、右6と全く同様、この一事をもって、原告が「職務の執行の任に堪えないと認めるとき、又は役員に職務上の義務違反その他役員たるに適しない行為があるとき」とあたるとはいえないことは明らかであるし、この事由は評議員会において主張されていない。

8  被告は、第八に原告は、加戸が被告を文化庁OBの天下り先として確保しようと企てて古賀問題を和解で解決しようとしているとの妄執にとらわれて、加戸の失脚を狙って評議員会や総会等の場において議題から外れた動議ないしは質問を頻発せしめ、審議の時間を浪費して正常な業務の運営を阻害したと主張する。

しかし、本件全証拠に照らしても、原告が、加戸の失脚を狙って評議員会や総会等において議題から外れた動議ないしは質問を行い、審議の時間を浪費して正常な業務の運営を阻害したとまでは認められない。

9  したがって、被告が、原告を定款一八条によって解任したことは、「役員が職務の執行の任に堪えないと認めるとき、又は役員に職務上の義務違反その他役員たるに適しない行為があるとき」という要件を満たしておらず無効である。

八  請求権の額

1  三で認定したとおり、常勤監事については、報酬が月額一〇九万円、賞与が年額給与五か月分、退職金は、退任時の報酬月額に在任年数と役員別係数(2.3)を乗じた額であることが認められる。

2  そうすると、原告が平成八年四月一日から平成一〇年一一月三日までの間に受領すべき金額は以下のとおりである。

(一) 給与 一〇九万円/月×(三一月+三日/三〇日/月)

=三三八九万九〇〇〇円

(二) 賞与 一〇九万円/月×(三一月+三日/三〇日/月)×五月/一二月

=一四一二万四五八三円

(三) 退職金 109万円/月×32月×2.3月/12月

=668万5333円

(退職金については、一か月未満の任期は一か月に繰上げて計算するものとする。)

(四) 小計

五四七〇万八九一六円

3  原告が平成八年四月一日から平成九年二月一九日までに報酬として六四万〇七一五円及び退職金として一三万七五〇〇円の合計七七万八二一五円を被告から受領していることについては、当事者間に争いがない。

4  合計 五四七〇万八九一六円−七七万八二一五円

=五三九三万〇七〇一円

5  原告の常勤監事の任期が平成七年一一月八日から三年を経過した平成一〇年一一月七日までであることは、前述したところから明らかである。

九  結論

以上によれば、右の給与、賞与、退職金の合計金額内である五三九三万〇六八五円の支払を求める原告の請求は理由があり、また、これに対する遅延損害金の支払請求は、常勤監事の任期の経過した日の翌日である平成一〇年一一月八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、いずれもこれを認容し、その余の遅延損害金の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法六一条、六四条を、仮執行の宣言について同法二五九条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官成田喜達 裁判官髙宮健二 裁判官阿閉正則)

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